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2009年1月のアーカイブ

トランプと四葉のクローバー

2009年1月11日

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新年明けましておめでとうございます

今年の年末年始は休みなく、ある事をこなす為に がんばって、がんばって、歩きまわっいていた。いろんな所に行き、いろんな人に会い、その中で喜怒哀楽を感じることも忘れ、身も心もボロボロになることも忘れ疲れた事に気も付かず・・・ただ、動きまわった。あることをする為に
私がほしいありのままの心は今は必要ない
「よく頑張ったね 偉いね」の言葉も もう必要ない
それに言ってほしいなんてもとめていた私がダメでした
本当に自分はダメな人間でしたね
自分におごり、自分に反省をしています

そんな時に一通の手紙が・・・

『お米に私の心を沢山沢山込めました。
三回もハートからお米にお願いね、伸さんを元気にしてあげてネってお祈りをしました。
食べて下さい。いつもいつも元気な伸さんでいて下さい』

私も元気でいます。又手紙します
そんなお米を頂きました
だから一粒のこさず食べないとね
本当・・・心からそう思いました
お米一粒には7人の神様がいるから食べ残しをせずに食べていた
でも私にはもう一人の見守ってくださる人が・・・

涙もろくなった自分がここにいる
号泣しちゃいけないのに 何かが、かぶさり・・・・・
もう、泣かないって決めたのに
そういえばこんな歌がありましたね

『生きている事がつらいなら  いっそう小さく死ねばいい  恋人と親は悲しむが3日たてば元通り』

こんな歌詞の歌があったかなと

何一つ不満のなく
ただ頑張ってきた事に
頑張ってきた事が・・・

そんな時に一つの出逢いがありました
年末年始の慌ただしいなか
今、私は一つの夢を見て歩き出しました
心が動き出す

1月7日には・・・打ち合わせにやってくる

トランプと四葉のクローバー

この言葉が2010年の話題になればいいのですが
必ず叶えて見せます
この言葉

何をして何を作るのか…1月7日に始まる
新しい事を始めるのが皆さんの幸せで
大切に思うからこそ、忘れないといけない事と
始めなきゃいけないこと…

そんな中一つのメールが…
私をいつも見守っていたかのようなメールでした

「今まで私が頑張れてきたのはトミーのお陰。あの時もこの時もあんな時もいつもいてくれた。ずいぶん会ってないけど私の心にはわかる。だから今は私が応援しないと。私が今頑張れるのはトミーのお陰。だから頑張ってほしい。新潟の空と世界の空は繋がっているんだぞ。26年前に言った言葉大切にしていますよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
だから今も頑張れる。だからトミーらしく頑張ってほしい。そしてトミーはまわりをちゃんと見てよね。いっぱい必要としている人がいっぱいいるよ。心から必要としている人いっぱいいるよ。トミーは笑顔が一番似合うんだから。ロサンゼルスでも日本でも。どんなことがあっても世界中を敵にしても私は応援し続ける・・26年応援しているんだから」

びっくりしました。
なんで私のメール番号を知っているのか、なんで私の仕事での悩みを知っているのか、ロサンゼルスの話や文化庁の話やテレビの話や…サンノゼの話まで・・
1月1日今年一番のメールでした…それから・・・

ただ、ありがとうって言いたかった
また涙が・・強くならないと
私のしたい仕事が見えて来た
っていうか、ひとりで頑張っていくことが
きっといいのだろう
甘えていました

忘れなくて良かった
そして

1月26日からロサンゼルスに行くのに
本当に一人で頑張らないと
自分が決めた自分の道に自信を持って生きなきゃね

疲れたら私の日本で一番好きな店に行こうって決めました
新潟の村上にあるお店に
その店はやっぱり忘れ物をしないと行きにくい
私の新潟のすべて
そして新潟の始まりの場所は
私の日本の始まりの場所です

そんなこと言っている間にどんどん今年の予定が…
海外では6月までにアメリカ5回(着物着付けショーやイベントや打ち合わせ)
それから年内に違う国へ2回
それから国内では10月まで講演依頼、イベント依頼、ショーの依頼と大忙し
そして芸能界の仕事もチラホラ…

それから日本には届かない
日米タイムズの特別版新年号に乗る私の記事(文)を
皆さんに

私の仕事はキモノスタイリスト、そして着物デザイナー。日本文化である着物を少しでも多くの人に理解して頂く事だけを考えて日本で頑張ってきました。今までやってきた私の仕事の自慢は2000本以上の台本が事務所の棚にびっしり。私の芸能活動の足跡でもある台本を読み役柄にあった着物を選び帯や小物を選ぶ。そのシーンに合うものがなければ1から作る。妥協は許さないのが私の信念。NHK紅白歌合戦や朝の連続テレビ小説を始めドラマ・映画・舞台・雑誌・CMと着物のシーンと言えば冨田参上というぐらい活動してきました。今は芸能活動より着物の講演活動や国内外での着物着付けショーなどに力を入れています。今まで私は着物は日本人が着る物で着物の素晴らしさを日本で伝えようと考えていました。

3年前に日系四世の姪っ子が「結婚するので着物をドレスの代わりに着たい」とのリクエストに着物を持ってサンフランシスコでの結婚式に行きました。その時、姪っ子が私の事を紹介し「私も着物が着てみたいです」の言葉と共に私はアメリカ人の若い子たちに取り囲まれました。その時に私は思いました。「着物が着たい人に着せてみよう」日本人に着せるだけではなく着物を着たい人に着せて着物の良さを知っていただく。これが私が海外へ飛び出すきっかけとなりました。どのような事をするとアメリカの方は興味を持つかが大切だと思い、まずは環境と習慣を学びそれに合わせた着物着付けレクチャーショーを考えました。反物から着物の形が出来上がる所を見て頂き、着物の時代考証や技法をショー形式で見せながらレクチャーを楽しんで見ていただけるようにと考えました。例えば浮世絵の絵があります。それを着物の柄にするのは簡単です。そこで実際に同じ着物を作り3重に重ねて人に着せ、3Dのように飛び出す絵本風に見せたりしました。

(写真:2008年サンフランシスコアジア美術館にて)

アメリカの方に伝える事が私自身の一番の学びとなり日本での活動の考え方も変わりました。日本文化を海外に持って行けるのは限られていると思います。例えば清水寺を持って行くことはできません。着物を海外で着るだけで日本文化が歩いている事を日本人には体で感じてほし
い。「私たちのタンスの中に日本文化が入っている。タンスを開ければ日本文化がここにある」という事に気がついてほしいのです。強制して着物の良さを伝えるのではなく、ご本人が「着物っていいよね。いつか着てみよう」一人でもいいからそう感じてもらいたいというのが私の願いです。

活動を海外に移し世界に向かって動き出したスタートがサンフランシスコでないといけない個人的な理由がありました。私の会社京香織の着物・帯の文庫には「勝太郎館」と入っています。「勝太郎」は父の名前で、「館」の意味は美術館のような着物を作るという意味をこめて「勝太郎館」とつけました。私の母は早くに亡くなっており国鉄を退職し、まじめ一筋に仕事をしてきた父との約束がアメリカに連れて行くことでした。父は何ひとつ贅沢もせず一生懸命働いて働いて、父もまた早くに父を亡くし五人の兄弟の面倒を見守ってきたことをずいぶん後から親戚の人に聞きました。そんな父の名前を世の中に残したかったのです。父は姉のいるサンフランシスコに行くのが夢でした。私は父の夢を叶える事が出来なかった悔しさ、自分のもろさに、今でも父が突然倒れた時の事を思い出します。父が亡くなる前日は富山県の氷見に行っており、氷見の方から魚を頂きました。体調を崩していた父は「氷見から魚を持って帰ったんやったら食べんとなー。氷見の魚は日本一や」と話していました。数分後その言葉が「しんどいんや」に代わり、私の身体にもたれそのまま息を引きとりました。4月の夜のことです。桜が満開に咲いていたのに、雪が降っていました。

私は母の他界の時は泣いて泣いての日々でした。だからこそ父が他界した時は泣きませんでした。人前では絶対に泣かなかった。母の着物姿にあこがれ、父と着物姿でお正月は一杯飲みに行っていたあの時には戻れないしもう後戻りできない。サンフランシスコに行って頑張ってきても日本では結局誰も認めたりしない。ただ私は思います。その評価より一人でもたくさんの方に着物が素晴らしいって理解されればいいかなって。それから出来れば分かってくれる人だけに少しは「よくがんばったね、偉いね」と言って欲しいと。

そんな思いもあり、海外での活動をサンフランシスコから始めました。ジャパンタウン100周年記念イベントを伝統で始め、パロアルトGallerykimura、マウンテンビューCSMA,ロサンゼルス国際交流基金主催UCLA・日米会館・他4ヶ所、2007年・2008年サンフランシスコアジア美術館、ロサンゼルス総領事公邸、パロアルトアートセンターで着物レクチャーショーを、40回・41回サンフランシスコ桜祭りパレード参加しました。そして2009年には42回サンフランシスコ桜祭りパレード参加、ロサンゼルス日米協会100周年、サンノゼのいくつかの美術館で着物レクチャーショーの依頼を頂いております。私の想いと財が続く限り日本文化である着物を伝え続けたい。そして親が健在の時に出来なかった遅すぎた親孝行を続けたい。生きている限り着物着付けショーを続けたいと思っております

(写真:2008年パロアルトアートセンターにて)

日米タイムズの特別版新年号1月1日より

そして今回もインターネットで検索ください

冨田伸明 検索
Nobuaki Tomita 検索

いっぱい出てきます
ロサンゼルス・サンフランシスコ・パロアルト・サンノゼの更新を同時にしていますので
お楽しみに

それから、年末と年始に出た新聞を見て下さい

年末年始の活動オンエアー
CM 松竹梅・クロネコヤマトの宅急便・資生堂化粧銀河
1月5日放映中フジテレビ系列1時30分から『非婚同盟』
映画「0000」
ドラマ「0000000000」
タイトルは撮影終了後お知らせします

そして頂き物もいっぱいありがとうございました
皆さんの心と品物を送っていただき心から感謝します
心から感謝します

それから、長崎のトミトミ果樹園&農園は今年も健在です

そろそろ迎えにいかなきゃ・・・
成田空港は人混みで…そこの本屋さんで見つけた

『男のための自分探し』
やっぱり素直に頑張りたかった自分が…
でも、自分でも分かっている 違う道に…

昨年2月ぐらいに仲のいいイタリアの宝石の有名ブランドデザイナーからデザインのアドバイスを頼まれ私がスケッチした作品があるデザイン賞を頂いたとか12月にサンプル一つ私の手元に届き…

わたしはデザイナーの黒子だから名前もお金も入らない
ただ私が心がイメージして描いたデザインの作品が評価を得た
これが私の財産だと思う
こんな曲を聴きながら

ある歌手の歌に  恋手紙の中に迷路があり  その歌詞の中に  信じてもほしかったと  私が心を感じた事

では、ロサンゼルスに行ってきます

ありがとうございました

カテゴリ: 日本編   

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